こんにちは
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がんべあです。
4月から職場の異動があり、通勤時間が片道1時間弱増えてブログを書く時間が減ってしまいました。
短い時間を有効活用したいです。
さて今回は前回の続き【人気作品の黄金パターン!】宮崎監督作品の主人公が苦しむ理由をエニアグラム分析する 後編です。
【前編はこちら】
前回のまとめ
宮崎監督の作品には「主人公」(タイプ9)と「主人公を導く者」(パートナー・師匠・宿敵 タイプ3)との関係が深く描かれていない。
この事が作品が後味の悪い終わり方になっている原因。
今回は「主人公の裏の性格のキャラクター」に注目して詳しく分析していきます。
前回延べたタイプ3の「主人公を導く者」との関係を合わせて見ると監督の次回作について面白い予想ができます。
主人公の裏の性格のキャラクター
主人公が困難に追い詰められて「表の性格」では対処ができなくなった時に「裏の性格」が現れます。
主人公と「その裏の性格のキャラクター」が「テーゼ」と「アンチテーゼ」として、その生き方をぶつけ合いながら物語が進んでいくのが「物語の黄金パターン」。
それぞれのお話に登場する「主人公の裏の性格のキャラクター」を確認してみます。
「主人公」-「裏の性格のキャラクター」
【紅の豚】(1992年)
「ポルコ」-「?」
主人公(タイプ9w1)は「夢見る人」
主人公の裏の性格(5w4)は「偶像破壊者」
この様に性格の大きく異る二人ですが、共通点もあります。
それは「どちらも現実とは異なる世界を見て正しさを追い求める」。
違いは正しさの求め方。
タイプ9w1(夢見る人):良い「夢」を「見る」ことで真実を悟れると信じ、夢を見るために心の平穏をもたらす材料を得る。
しかし、都合の悪い現実から目を逸らしがちであり、その認識には裏人格5w4が必要。
アシタカ:「モロ 森と人が争わずに済む方法はないのか?」
「もののけ姫」より Ⓒ 1997 Studio Ghibli・ND
タイプ5w4(偶像破壊者):悪い「偶像」を「破壊」した先に真実があると信じ、破壊するために理想を根拠にして論破する。
しかし、攻撃性が高すぎて安息まで壊す恐れがあり、その回復には裏人格9w1が必要。
モロ:「私はここで朽ちていく身体と森の悲鳴に耳を傾けながら あの女を待っている あいつの頭を噛み砕く瞬間を夢見ながら…」
「もののけ姫」より Ⓒ 1997 Studio Ghibli・ND
黄金パターンの物語はテーゼ:主人公(タイプ9w1)「空想(夢)の中で平和を創り出そう」とアンチテーゼ:裏の性格のキャラクター(タイプ5w4)「現実の中で平和を作ろう(その為には今の理不尽な世界を一度破壊する必要がある)」がぶつかり合う事で進んでいくのが定番の流れとなっています。
宮崎監督作品における「主人公」と「裏の性格のキャラクター」の関係
作品毎に2人の関係を振り返ってみましょう。
【紅の豚】(1992年)
「ポルコ」-「?」
「紅の豚」には主人公ポルコに対して「現実の厳しさを投げかける」裏の性格のキャクターは登場していません。
【もののけ姫】(1997年)
「アシタカ」-「モロ」
「もののけ姫」では主人公アシタカに対して「現実の厳しさを投げかける」裏の性格のキャクターモロが登場します。
「夢を追いかける」アシタカと「夢を実現するために現実を破壊(エボシの殺害)しようとしてる」モロは異なる意見を交わし、激しい議論を行います。
モロ:「黙れ小僧!お前にあの娘の不幸が癒せるのか?森を侵した人間が、わが牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ。人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、かわいい我が娘だ。お前にサンを救えるか?」
「もののけ姫」より Ⓒ 1997 Studio Ghibli・ND
しかし2人(テーゼとアンチテーゼ)の間の闘いは「議論」に留まり「直接的な対決」は行われません。
そのため、テーゼとアンチテーゼの戰いは「直接対決による相互理解」をする事が無く、結論が出ないままエンディングを迎えます。
サン:「アシタカは好きだ でも人間を許すことはできない」
アシタカ:「それでもいい サンは森で私はタタラ場で暮らそう 共に生きよう 会いに行くよ ヤックルに乗って」「もののけ姫」より Ⓒ 1997 Studio Ghibli・ND
※【千と千尋の神隠し】(2001年)
「ハク」-「?」
千と千尋の神隠しではメイン主人公が千尋の為、ハクの裏性格キャラクターは登場していません。
【崖の上のポニョ】(2008年)
「宗介」-「フジモト」
夢見る主人公、宗介に対して自分の夢の為に現実を破壊しようとする裏の性格のキャラクター、フジモトが登場します。
フジモト:「この井戸がいっぱいになった時、再び海の時代が始まるのだ カンブリア紀にも比肩する生命の爆発 忌まわしい人間の時代が終わるのだ」
「崖の上のポニョ」より © 2007 STUDIO GHIBLI Inc.
物語の中で宗介とフジモトは直接対決を繰り広げますが、2人の間に「議論」は全くありません。
フジモト:「私と一緒に来てくれないか? ポニョも一緒に」
「崖の上のポニョ」より © 2007 STUDIO GHIBLI Inc.
最終的な闘いは宗介(テーゼ:現実を直視しない夢の中での平和)が勝利。
そして物語は現実世界から離れ、夢の中でのお話としてエンディングを迎えます。
「崖の上のポニョ」より © 2007 STUDIO GHIBLI Inc.
【風立ちぬ】
「堀越 二郎」-「カプローニ」
物語を通じて二郎(表:テーゼ)とカプローニ(裏:アンチテーゼ)の直接対決があります。
しかし2人の間に「議論」はほとんどありません。
二郎は目の前の苦しい現実の姿を深く考える事を放棄してカプローニ(裏の性格)に言われるがまま自分の夢を叶えるために現実を犠牲する道を進んでいきます。
本庄:「そりゃあ偽善だ お前 その娘がにっこりして礼でも言ってくれると思ったのか?」
二郎:「違う!」
「…いやそうかもしれない…」
そのため、闘いの結果はカプローニ(周りを犠牲にした自分だけの平和)の勝利となります。
物語は自分の夢を叶えるために周りの現実を破壊するお話としてエンディングを迎えます。
カプローニ:「君の10年はどうだったかね?力を尽くしたかね」
二郎:「はい 終わりはズタズタでしたが」
カプローニ:「国を滅ぼしたんだからな」
これまでの宮崎監督作品のまとめと次回作
これまでのお話を時系列でまとめてみると以下の様になります。
「崖の上のポニョ」(2008年)
④主人公は空想世界に留まる。
タイプ9が主人公の作品として初めてテーゼ(空想の世界の平和)とアンチテーゼ(現実の世界での平和)が直接的にぶつかり合う。
しかし双方の主張の「議論」は行わなわれず、「物語の黄金パターン」であるジンテーゼには導かれません(タイプ3師匠の不在)。
テーゼ(空想)が一方的に勝利する。
「風立ちぬ」(2013年)
⑤主人公は夢を叶えるために現実世界を破壊する。
テーゼ(空想の世界の平和)とアンチテーゼ(現実の世界での平和)が作品の中で直接的にぶつかり合う。
しかし双方の主張の議論は行わなわれず、「物語の黄金パターン」であるジンテーゼには導かれません(タイプ3師匠の不在)。
アンチテーゼ(現実)が一方的に勝利する。
作品を並べて分析すると、最初は現実に背を向けていた主人公(タイプ9)が、徐々に現実(裏人格)をと向き合い、対話を行い直接戦うまでに成長している様子が見て取れます。
そしてその途中ではタイプ6の主人公(千尋)を導く事にも成功しています。
私にはまるでこれらの作品全体が1本のお話であり、主人公がテーゼとアンチテーゼの間をもがき苦しみながら成長していく姿が描かれている様に感じます。
①「何もしない事の苦しみ・虚しさ」【紅の豚】
②「議論のみで対決を避ける事の苦しみ・虚しさ」【もののけ姫】
③「議論を行わずにテーゼ(空想)が一方的に勝利する苦しみ・虚しさ」【崖の上のポニョ】
④「議論を行わずにアンチテーゼ(現実)が一方的に勝利する苦しみ・虚しさ」【風立ちぬ】
この流れで考えると次回作は良い師匠の元で成長した主人公がテーゼとアンチテーゼとの「議論(よく考える事)」と「直接対決(による相互理解)」を通じて、双方を満足させる「新たな結論」(ジンテーゼ)を導き出す最高の形での展開ができると思うのは期待しすぎでしょうか。
実は未来少年コナンですでにこの結論(議論を行わずに相手を一方的に力(暴力)によってねじ伏せる方法では問題の解決はできない、真の解決は(対決によって)相手の事を理解し合い、その上で双方が納得できる新たな道を見つける事)は描かれています。
きっと宮崎監督なら私の予想の遥か上を行く素晴らしい作品を作ってくれるでしょう。
宮崎監督の次回作は完成までカウントダウンに入っているとの情報も。
ドキドキしながら公開を待ちたいですね。
今回はここまで
まだまだ勉強不足で、勘違いや、解説に至らぬ点も多くあると思います
疑問点などありましたら是非教えてください
この記事があなたの「創作活動」と「物語を楽しむ事」に少しでもお役に立てると嬉しく思います
みなさんの毎日が楽しく幸せなものになりますように!
【宮崎監督作品についての記事はこちら】
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